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柳宗悦『和紙の美』から、この一行。
「良い紙は愛をそそる」
(柳宗悦『和紙の美』)


まだ「韓流」という言葉も無い頃だったと思いますが、観光で訪れたソウルの仁寺洞(インサドン)で、麻のポジャギの実物を初めて目にした時は、ちょっとしたショックでした。
物事を本や写真や映像の知識だけで分かった気になってはいけないなとつくづく感じたものです。
(一枚欲しかったけど、そこは貧乏旅行の悲しさで、早々にあきらめてしまったわけですが)

以下、もう少し長めの引用。


「…どんな和紙でも美しいと云へば、言ひ過ぎると詰(なじ)られるかも知れぬ。それなら私は躊躇(ためら)はず答へよう。昔の和紙から醜いものを探し出して欲しいと。それは不可能なのである。それほどに美しさを約束する漉き方で作られてゐたのである。だから今漉きのものでも伝統に頼るものは手堅い。どんなものも病弱ではあり得ない。そこには微塵も偽りの性質が許されてゐないのである。歴史を背負ふ手漉の和紙に決して誤謬はない。只どれが他より更に美しいかの問ひが残るだけである」
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[ 2013年12月 ]

エッセイなど | コメント(0) | トラックバック(0) |
宮沢賢治『文語詩稿 五十篇』から、この一行。
温く妊みて黒雲の、
野ばらの藪をわたるあり

(宮沢賢治『文語詩稿 五十篇』)


先に白状しておきますと、散文や童話に関する限り、管理人は宮沢賢治のあまり良い読者ではありません。でも、文語詩は結構気に入ったものがあります。

文語詩>口語詩>小説・童話 

というのが、管理人の賢治観です。
…などと書くと正統なる賢治ファンの不興を買いそうですが、筑摩書房から出ている全集の全巻に、いちおう頑張って目だけは通したことがある、その上での感想です。ゴメンナサイ。
例えば冒頭の詩は全編引用すると以下の通りです。


温く妊みて黒雲の、
野ばらの藪をわたるあり、
あるいはさらにまじらひを、
求むと土を這へるあり。

からす麦かもわが播けば、
ひばりはそらにくるほしく、
ひかりのそこにもそもそと、
上着は肩をやぶるらし。

聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれませんが、そうです、これは『春と修羅』の「作品第一〇二三番」が元ネタなのです。

作品第一〇二三番

南から
また東から
ぬるんだ風が吹いてきて
くるほしく春を妊んだ黒雲が
いくつもの野ばらの藪を渉って行く

ひばりと川と
台地の上には
いっぱい種苗を積んだ汽車の音

仕事着はやぶけ
いろいろな構図は消えたけれども
今年は おれは
ちょうど去年の二倍はたしかにはたらける

いかがでしょうか? まあ、とどのつまりは嗜好の問題なのですが、管理人は前者のセンシュアルな雰囲気のほうにより深い詩興を感じるのですよ。「種苗を積んだ汽車」のメルヘン要素とか、「去年の二倍はたしかにはたらける」のやや唐突なモラリズムが、第一連の妖艶さと乖離を起こしているように思えてしまうわけです。賢治自身もそう思ったのか、文語に再構成する過程でそれらは削除されています。

あくまでも無責任な感想に過ぎませんが、文語詩に関する限り、賢治は北原白秋の良き継承者の一人ではないかと思われます。(賢治のほうが先に亡くなっていますが、系譜的にという意味で)

今回はちょっと長めの書き込みになってしまいましたが、最後に管理人のお気に入りをもう1篇引用させてください。

銅鑼と看版 トロンボン、
孤光燈(アークライト)の秋風に、
芸を了(おわ)りてチャリネの子、
その影小くやすらひぬ。

得も入らざりし村の児ら、
叔父また父の肩にして、
乞ふわが栗を喰(た)うべよと、
泳ぐがごとく競ひ来る。
[ 2013年12月 ]

詩歌・句集など | コメント(0) | トラックバック(0) |
原民喜『永遠のみどり』から、この一行。
「とにかく、あなたは懐しいひとだ。懐しいひととして憶えておきたい」
(原民喜『永遠のみどり』)


原民喜について管理人はこれまで少し勘違いをしており、彼が奥さんを失ったのは原爆によるものだと思い込んでおりました。実際は、その前年に病気で亡くしていたんですね。
「もし妻と死別れたら、一年間だけ生き残ろう」(『遙かな旅』)
しかし、その矢先の被曝。
「このことを書きのこさねばならない」(『夏の花』)
…以降、1951年(昭和26年)に45歳で亡くなるまで、妻についての追憶と被爆体験を、抑制された文体で描き続けました。

『永遠のみどり』は彼のキャリアのほぼ最後尾に位置する作品。
過去に生き続けている「彼」と、これから未来に向けて生き続けるであろう「お嬢さん」とのささやかな邂逅が話の縦糸になっています。

「梢をふり仰ぐと、嫩葉(わかば)のふくらみに優しいものがチラつくようだった」
という色彩的な冒頭。そしてエンデイングには
「玄関先に現れた、お嬢さんは濃い緑色のドレスを着ていたので、彼をハッとさせた」
という、“受け”が用意されており、構成的にも円熟した工夫が感じられます。

以下の引用は、語り手である「彼」が久しぶりに訪れた妹の一家でのエピソードから。
ここでもまた、
「彼」→「無意味な音」
「姪」→「たしかな音」
の対比が鮮明です。

彼はピアノの蓋をあけて、ふとキイに触ってみた。暫く無意味な音を叩いていると、そこへ中学生の姪が姿を現した。すっかり少女らしくなった姿が彼の眼にひどく珍しかった。「何か弾いてきかせて下さい」と彼が頼むと、姪はピアノの上の楽譜をあれこれ捜し廻っていた。
「この『エリーゼのために』にしましょうか」と云いながら、また別の楽譜をとりだして彼に示しては、「これはまだ弾けません」とわざわざ断ったりする。その忙しげな動作は躊躇に充ちて危うげだったが、やがて、エリーゼの楽譜に眼を据えると、指はたしかな音を弾いていた。
 翌朝、彼が眼をさますと、枕頭に小さな熊や家鴨の玩具が並べてあった。姪たちのいたずらかと思って、そのことを云うと、「あなたが淋しいだろうとおもって、慰めてあげたのです」と妹は笑いだした。
[ 2013年12月 ]

原民喜 | コメント(0) | トラックバック(0) |
相馬御風『実物と模型』から、この一行。
やはり何といつても第一に重んずべきは、語る人その人の実感の有無である。
(相馬御風『実物と模型』)


相馬御風(1883-1950)は新潟県出身の詩人・歌人・評論家。長年教育の仕事に携わり、童謡や童話も創作。引退後は良寛の研究をしていたといいますから、子供好きな人だったんでしょうね。
「となりやに 子や生れけむ 今日見れば 背戸の日向に むつき干したり」

有名なところでは、『春よこい』や『かたつむり』がこの人の作詞。
…ところで今回ウィキペディアに興味深い一節を発見しました。

〈地元に伝わる奴奈川姫伝説を元に、糸魚川でヒスイ(翡翠)が産出するとの推測を示したことが、昭和13(1938)年に同地でのヒスイの発見につながった。〉

なんともロマンティックな話ではないですか。まるでシュリーマンみたい。

以下、もう少し長めの引用。



 私は自分の子を育てる上に、特に此点に心を悩ます。「俺は自分の子供を人間たらしめようと望みながら実は或一種の模型をつくりつつあるのではないか」かうした反省に打たれる時、私は慄然たらざるを得ない事がしばしばある。そして自分についてばかりでなく、妻に対して私は鋭くその反省を促すこともしばしばである。

         *
 だが私なんかのかうした考へ方は、甚だしい時代錯誤なのかも知れない。ロボットさへも出て来る世の中である。何でもいいから役に立ちさへすれば、仕事をしさへすれば、それでいいのが今の世の中なのかも知れない。そしてさういふ風に人間をつくりあげることが、今の世で一番大切な事であるのかも知れない。
 しかし、私なんかにはまださうは考へられない。
[ 2013年12月 ]

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大町桂月『猫征伐』から、この一行。
たった一匹の猫にして、かくまでも、多くの人を騒がしければ、死しても恨なかるべし。
(大町桂月『猫征伐』)


管理人の好きなジャンルの一つが「コミカルな文語文」。
…たとえば漱石の『自転車日記』みたいな文章がそれです。
おそらく青空文庫には未知の名品がまだまだたくさんあるに違いありません。


「鷄の親鳥、ひなどり、合せて、六十羽ばかり飼ひけるが、一匹の、のら猫來りて、ひよつこを奪ひ去ること、前後、十五六羽に及べり。是に於て、わが家に、一の波瀾起る。その猫を殺さむとは、血氣盛りの甥の意見也。猫も憎けれど、祟るもの也。どうぞ殺して呉れるなとは、母、姉、妻などの意見也。なほ露國が滿洲を占領せしを見ても、清國、韓國などが何等の手出しをも爲す能はざりしが如し。甥、余の意見を問ふ。余曰く、害を爲すものは殺しても可也。されど、女の連中が神經をなやますも、可愛想なれば、殺すことを女に知らすなと。
 一夜、甥、盥伏せを設けけるに、猫、果して術中に陷りたり。甥之を蚊帳につゝみて、遠方にもちゆきて、棄てて歸らむとす。母、以爲らく、或ひは途にて殺すことあらむとて、監督として、下女をして共にゆかしめたり。かくて棄てて歸りしが、翌朝、その猫は、直ぐに我庭にあらはれ來れり。勞して功なし」
[ 2013年12月 ]

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